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名画プレイバック

高倉健を本物のスターへ押し上げた、邦画が到達しうるひとつの頂点『網走番外地』(2/2)

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 そして映画の後半は、アクション映画や冒険活劇のような様相を帯びていく。雑居房で依田らが企てた脱獄計画に巻き込まれた橘は、手錠でつながれたちょっとクレイジーな権田(南原宏治)と雪山の中を逃走するハメに。このあたりは石井監督が、手錠で繋がれた白人と黒人の囚人による脱獄を描くアメリカ映画『手錠のまゝの脱獄』に着想を得たらしいが(オリジナルで手錠によって繋がれるのはトニー・カーティスシドニー・ポワチエ)、完全に自分のものにしている。それに続くトロッコでの追跡、線路に横たわり汽車に手錠を切断させようとするスリルと見せ場が畳みかけるように続き、まさに息をつく暇がない。92分の本編はクライマックスの連続で、時計をチラ見しながら鑑賞していると「あと6分しかないけどこれどーなるの?」「あと3分で終わりだけど!?」と、本当の意味で先の読めない展開に終始ドキドキさせられる。

 でもじつは、大きく度肝を抜かれたのは嵐寛寿郎の存在だった。橘らと一緒に網走刑務所へ護送された、最初は正体不明のじいさん。映画の前半に「残りの刑期が21年」と指折り数える姿で他の囚人をドン引きさせ、やがてこのじいさんはかつて“8人殺しの鬼寅”と恐れられた大親分であると知れるのだが、鼻をすすりながら汽車を降りる登場シーンから目が釘付けに。その後雑居房でそれぞれが身の上話をするときもひとりだけ目を閉じてぴくりとも動かずにじっと耳を傾けていて、その姿が気になって気になって仕方がない。やがて橘を救うため、依田らの脱獄計画を体を張って阻止しようとするのだが、その一挙手一投足にしびれてしまう。この人が“アラカン”と呼ばれた時代劇の大大スターか! まさに芝居の次元が違う

 この映画は1965年、鶴田浩二主演の『関東流れ者』の併映作品として製作されるも予想外の大ヒットを記録。以後1972年の『新網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義』まで18作品が製作された(『鉄道員(ぽっぽや)『あなたへ』等、高倉とのコンビで知られる降旗康男も、うち6本を監督)。その端緒となったこの映画は銀幕でこそ輝く本物スターである高倉健の存在、嵐寛寿郎や田中邦衛ら凄腕な共演者、監督自らが手掛けた磨き抜かれた脚本とキメキメの映像と、エンタメの要素がバランスよく配置され、そのどれもが静かな熱を帯びている。誰もが多かれ少なかれ母への胸かきむしる想いを抱いているものだし、ほんの少しのボタンの掛け違いで人生は上手くいかない。だからこそ、そこからの脱出を図る男に誰もが深く感情移入する(もちろん健さんがふんどし一丁で歌って踊ったり、目尻を指で下げて田中邦衛のモノマネをする姿も見ものだ)。

 石井輝男は計10本の「網走番外地」シリーズを監督したあと『徳川女刑罰史』をはじめとしたエログロ路線を追及。1990年代に入ってつげ義春原作の「つげ義春ワールド ゲンセンカン主人」『ねじ式』等を連発し、いまや邦画界きっての売れっ子俳優となったリリー・フランキーの映画デビュー作『盲獣VS一寸法師』を撮ったりしていて、監督としてのふり幅の広さは途方もない。そして間違いなくこの『網走番外地』は、そんな彼の代表作なのだった。

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