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名画プレイバック

高倉健を本物のスターへ押し上げた、邦画が到達しうるひとつの頂点『網走番外地』

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 昭和を代表する大スターとして生きているだけで周囲に伝説を振りまき、2014年11月に83歳で亡くなるその日まで次回作が待たれる映画俳優として現役を貫いた高倉健。彼を東映の看板スターの地位に押し上げた作品のひとつが、1965年映画網走番外地だ。あ~切ったはったのヤクザものね……と引き気味になった女子!(男子も?)それはもったない早とちりというもの。日本映画が到達しうるエンターテインメントをギリギリまで極めたら? その答えを、石井輝男監督が切れ味鋭く提示した極上の逸品なのだ。(浅見祥子)

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高倉健をスターへと押し上げた1本 『網走番外地』10月25日(水)Blu-ray発売 3,500円+税 販売:東映 発売:東映ビデオ

 流氷に埋め尽くされた真冬の海を背景に、「遥かぁ~あぁ、遥か彼方にゃオホ~ツク……」と高倉健の無骨な歌声が響く--映画『網走番外地』はこうして始まる。網走駅に降り立ったワケありっぽい男たちは「ひ~冷房がよく効いてやがら」「零下20度や」と口ぐちに寒さをボヤいている。そんな彼らを尻目に「なにが零下20度だよぉ、体中つららだと思えばちっとも寒かねぇよ!」と強がる、コートの襟を立てたヤクザ風の男。彼こそが、この映画の主人公である橘真一なのだが、あの健さんがイキがった若造役!? そんな驚きが先走る。当時30代前半の健さんが27歳の橘を演じているのだから若造でなんの問題もないのだが、寡黙で男気があって誠実な男を演じ続けた晩年の印象でそれを観ると、健さんも若かったのだな……と当たり前の感慨を抱いてしまう。

 ワケありっぽい男たちは護送途中の囚人で、トラックの荷台に乗って網走刑務所へ。雑居房には牢名主の依田(安部徹)以下、色とりどりなヤツらが集められている。ハゲ頭のてっぺんに“佛”の一字を入れ墨した「仏の桑原」、タレントのJOYみたいな顔のおねぇ系、そして私服は中折れ帽もお似合いな洒落者で口の達者な大槻を「北の国から」の黒板五郎こと田中邦衛が演じている。顔をひんまげてしゃべる口ぶりは当時から変わらずで、セリフ回しもしぐさも表情もすべてが変化球。なのに気づけば、殺伐とした雑居房の空気へナチュラルにコミカルな味付けをしているからさすがだ。

 雪山で木の伐採などの野外作業に従事したり、看守の掛け声に合わせてみんなで一気に入浴したり、映画の前半は雑居房に入った囚人の生活が描写される。やがて橘はいざこざを起こして懲罰房へ。一人になって自身と向き合うなか、苦労をかけた母(風見章子)と幼い妹の記憶が蘇る。この辺りから映画は転調して橘の母への想い、人情ドラマのような要素が加わる。橘はただのイキがった愚連隊ではなく、自分と妹を養うために威張り散らした養父と再婚した母の身を案じる心根の優しい男であることが知らされる。やはり健さんは(いや橘ですが)、根っからのワルなんかじゃない! そういえば映画の冒頭で「あっしはね、筋の違ったことは大嫌いなんだ」と言ってたよな等と、観客は感情移入しはじめることに。

 心を入れ替えて真面目に作業へ取り組む姿を「点数稼ぎ」と揶揄された橘は仲間たちと騒ぎを起こしてまたも懲罰房入り、孤独な暗闇の中でこんども、「必ず迎えに来るから」と例の養父のもとへ置いてきた妹を思う。その妹からの手紙では、母の病気も知らされる。そんな橘を親身に支えるのが保護司の妻木なのだが、これを演じる丹波哲郎がスゴイ。死後の世界をまるでさっき見てきたかのように堂々と真顔で語っていた晩年の姿からは想像できないほどのハンサムぶり。日本人離れしたスケール感もあって、恐らく誰の目にも一瞬で、この男がただ者でないことがわかるはず。

 その妻木から、仮釈放を申請中だったと知らされる橘。「どうして俺はこうバカなんだ。どこまでいっても、バカの繰り返しだ」そこへまた健さんの歌声が。「ドスを~、ドスを片手に殴り込み。切ったはったのこの渡世~」。劇中になんどか、句読点のように健さんの歌声が流れる。登場人物の歌う歌詞が直接物語とリンクして物語を深めたり展開を早めたりするインド製ミュージカル映画のよう。健さんは決して歌が上手いわけではないのだが、なんだかいいのだ。不器用にひとつひとつ、言葉をたどるように歌う声がかえって聴く者の心に歌詞を印象付け、より深く味わわせる。

 もっというと、健さんって本当に不器用なんじゃ? と演技を観ていても思ったりする。ときにセリフが棒読みに響いたり、つくりものであることを思い出させてしまう瞬間がある。けれど台詞回しが巧みなら名演かと言えばもちろん違うし、なにより当時の健さんの顔は観ていてとても面白い。意外と太っちょな眉毛と白目が際立つ瞳はモノクロの映像とよくマッチし、周囲から浮き上がって見える。感情が直に伝わる気がする。石井監督はそんなことを百も承知だったのだろう。暗闇の中で掛け布団を鼻まで引き上げて両目をギョロリと出し、場の気配を探ろうとする橘を捉えたりしている。

 それに限らず、この映画の映像の格好よさは読み込みがいがある。入浴前の囚人の様子を本来は壁であるはずのロッカー奥から室内にレンズを向け、しかもカメラを横移動させながら撮ってみたり、雪山での殴り合いと彼らを見下ろすかのようなカラスの群れの映像とを交互につないでみたり、カメラの動きや構図、カットバックと企みのある技術が効果的に映画の隙をなくして全体をきゅきゅっと締めている。技術が自己満ではなく表現を深めながらその先へ行こうとしているようで、しかもさりげない。石井輝男監督の底力におののいてしまう。

>次ページではあの大スターの魅力に迫る!

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