ホテル・ムンバイ (2018):映画短評
ホテル・ムンバイ (2018)ライター3人の平均評価: 3.3
“お客様は神様です”を貫いたホテルマンに感動
ムンバイ同時多発テロの標的だったタージマハル・ホテル内の状況が克明に描かれるなか、心動かされたのがホテル従業員の勇敢さ。凄惨な殺戮が行われるなか、ホテルマンの矜持にかけて客を守ろうと奮闘。ムスリムとシーク教徒の違いがわからずパニックに陥るご婦人を諭す給仕係や部下の気持ちを組む料理長、テロリストの命令を拒み射殺される客室係の行動をドラマティックに描写。最悪の事態で高潔な志を貫ける人々の存在は、人間性を信じさせてくれる。一方、テロリスト像もリアルだ。死を前に家族に電話する若者の言葉から、凶行に走ったのは家族への思いに付け込まれたからこともわかる。謎の黒幕に憤りを感じた。
まるでその場にいるかのような音、気配
08年に実際に起きた事件に基づく感動のストーリーとは別に、注目なのは、まるでその場にいるかのような臨場感。とくに音響の演出がリアル。少し離れたところから聞こえてくる、銃声ではないかと思われる音の、乾いて、反響音なく途切れる感じが、実際にはそんな音を聞いたこともないのに切迫感を持って迫ってくるのだ。
そうした音と映像で描かれるのは、突然、予期せぬ暴力に遭遇したときの、人間の体の脆弱さ、壊れやすさ。さまざまな立場の人々が、圧倒的暴力に遭遇する。そこでは個人の判断力などもはや関係なく、ただの偶然で、死んだり生き延びたりする。それをこの映画は否応なしに目の前につきつけてくる。
事件を再現した映画として、その完成度は高い
テロ事件の再現という点で『ユナイテッド93』などに比肩する臨場感とスリルが全編に充満する。突発的に目の前で人の命が失われる非情さ、自分は二の次で他人を救おうとする犠牲的精神、さらに犯人側の葛藤や切実な事情と、あらゆる要素が巧みに配置され、観ているこちらはつねにドキドキしながら、要所で胸を締めつけられることになる。巨大ホテルなのでいくらでも逃げ道はあるが、その分、どこで犯人に出くわすかわからない。このあたりの演出も的確。
現実の事件と重なり、こうした作品をわざわざ映画館で観る必要性を感じない人も多いかもしれない。しかし世界で何が起こったのかを後世に残す「記録」として今作を観る価値は十分にある。