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『ある愛の詩』(1970年)監督:アーサー・ヒラー 出演:ライアン・オニール、アリ・マッグロー:第36回

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ラブストーリーの金字塔『ある愛の詩』
ラブストーリーの金字塔『ある愛の詩』 - (C)Paramount Pictures / Photofest / ゲッティイメージズ

 映画とは、観る人の人生や経験を反映して受け取られるもの。だから同じように「良い映画」だと思っても、琴線に触れた部分は厳密に言えば個々で違うかもしれないし、同じ人が同じ映画を観ても、年齢によって受ける印象が大きく変わることもある。「愛とは決して後悔しないこと」という劇中のヒロインの台詞に、フランシス・レイの哀しくも美しいテーマ曲が忘れがたい恋愛映画の金字塔『ある愛の詩』(1970)のように、シンプルで真っ直ぐなメッセージを伝える映画こそ、若い時には“わかったつもり”になってしまいがちな作品かもしれない。(今祥枝)

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 映画は、裕福で代々名門ハーバード大学出身という家柄のオリバー・バレット4世(ライアン・オニール)と、イタリア移民でハーバード大学関連の女子大学に通うジェニー・カヴァレリ(アリ・マッグロー)が、大学の図書館で出会うところから始まる。最初はちょっぴり反発し合い、やがて本気になり、愛を誓い合う。若気の至りと言えばそうかもしれないが、父親と折り合いが悪いオリバーは反対を押し切ってジェニーと結婚。父親から援助を打ち切られたため、オリバーが法律学校を卒業するための学費と生活費は主にジェニーが働いて稼ぎ、貧乏暮らしをしながらも、ついにはオリバーは優秀な成績で卒業し、法律事務所での勤務が決まってニューヨークへ。新しい生活が始まろうとする中ジェニーは重い病を患っており、余命を宣告される……。

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 原題は「Love Story」というだけあって、本作は文字通り「ロミオとジュリエット」ばりのラブストーリーの王道である。私がこの映画を観たのは、確か中学生ぐらいのときにテレビで吹替版が放送されたときだったと思う。フランシス・レイの楽曲は以前から知っていたので、冒頭でそれが流れるだけで涙がこみ上げてきたが、何よりもアリ・マッグローのはつらつとした健康的な美しさ、気の強さや頭の回転の速さ、利発さの一方で、あふれんばかりの愛をオリバーに惜しみなく直球でぶつけるジェニーの、ある種の潔さに魅了された。とりわけ、マッグローがオリバーを見上げるときの、近視の人がよくやるような、ちょっと目を細めてどこか遠くを見つめるような視線には、たとえようもなく心引かれた。それゆえに、ライアン・オニール扮するオリバーと父親との確執や、すぐカッとなる性格などが子供っぽく感じられ、「素敵な男性」とは思えず反感を持ってしまうほど。なおかつ生活を支えるために勉学もキャリアも夢も捨てて、生活のために働くことになったのだから、「ジェニーが可哀想」という気持ちが勝り、なんでジェニーはこんな男性を選んだのか、若気の至りで結婚するのは考えものだなどと、子供ながらに思ってしまったのだった。

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 けれども、今考えてみると、本当に何もわかっていなかったなと思う。個人的に「ハンカチを持ってきてください」「全米が泣いた」といった感動の押し売り系が苦手であることと、今でも一貫してこれは同じだが、難病を泣かせや感動の要素として安易に扱ったと思われる作品には、必要以上に厳しい姿勢で臨んでしまう部分がある。これは私個人の経験から来る感情でもあるのだが、実際に年齢を重ねるにつれて、突然病魔に襲われること、事故や自然災害などに見舞われることは誰にでも起こり得ることであり、命の儚さが身に染みるようになった。そうして後年、本作を見返した時、『ある愛の詩』が決してお涙頂戴の映画ではなく、現在に至るまで名作であり続ける理由を初めて理解できたのだと思う。

 最も大きな変化は、愛の捉え方だろう。若い時分には、本作の愛はあまりにも甘すぎるようにも思えて、悲しい結末に泣きはしても気恥ずかしさが勝った部分もあった。だから、ジェニーがオリバーと喧嘩して仲直りをする際に言う台詞「愛とは決して後悔しないこと」が意味することの重さも、愚かにも長い間わかっていないままになっていた。だが、今は心からこの台詞に涙がこぼれる。ジェニーは自分が下した人生の重要な決断=結婚に、どれほどまでの覚悟を持って臨んでいたのかということがわかるからだ。それは彼女の生い立ちに由来するのかもしれないし、本能的に愛情深い人間なのかもしれないが、愛は何よりも勝るというのは、一つの真理だろう。そして愛には覚悟が必要だということもまた真なり。この人が運命の人だと思えるほどの相手と出会えるチャンスは、人生に何度めぐってくるかわからない。もしかしたら、一生そういうチャンスは訪れないかもしれないし、あっても気付かない可能性もある。結婚が全てだとは全く思わないが、愛する人を全力で愛することの意味を知ることは、人生で最も素晴らしい経験の一つだろう。

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 オリバーが結婚に反対する父親と決別し、意を決して結婚に向けて舵を切った直後に、ハーバード大学の校訓でもある「真理(Veritas)」という文字が刻まれたプレートがアップで映し出される。この映画で描かれる真理とは、先に述べた「愛とは決して後悔しないこと」という名台詞に集約されているように思う。字幕翻訳を手がけたのは、『カサブランカ』(1942)の「君の瞳に乾杯」というあまりにも有名な台詞でも知られる高瀬鎮夫。「Love means never having to say you're sorry.」は、直訳すれば「愛とは相手に謝る必要がないことを意味する」といった感じだろうか。こちらもまた名訳として忘れがたい。

 同時に、邦題を『ある愛の詩』としたこともまた素晴らしい。ジェニーとオリバーが出会って、愛を育み、貧乏な暮らしの中ですれ違い、傷つけあいながらも夫婦としての愛を再確認する。そんな当たり前のような光景をつづった映像は叙情的で、まるで一編の美しい詩のごとく流れるよう。終盤、二人が思い出の場所を訪れた際に、具合が悪くなったジェニーをオリバーがしっかりと抱き支えながら真っ白な雪の中を歩く姿が俯瞰で映し出されるシーンでは、テーマ曲がここぞとばかりに流れるわかりやすい演出ではあるが、涙がこぼれて止まらなくなる人も多いはず。おとぎ話のようでありながら、人生の真理を詩的かつシンプルに伝える。監督のアーサー・ヒラーはカナダ出身で、1950年代からアメリカでテレビ・シリーズの演出を手がけて頭角を現し、1960年代から劇場映画監督として本格的に活動を始めた。本作では、ともすれば陳腐になってしまいかねない物語を、無駄のない洗練されたストーリーテリングで実に美しい作品にまとめて、アカデミー賞では監督賞候補になった。コメディー作品でもよく知られるヒラーだが、ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した『ホスピタル』(1971)など見応えのある秀作を生み出している。

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 ちなみに、本作はメディアミックスで成功した先駆的な作品としても有名。エリック・シーガルによる原作と同時進行で映画が製作され、先に映画が完成し、映画の脚本が小説に取り入れられている部分もあったという。アメリカで大成功を収めた本作の戦略に目を付けたのが角川春樹で、原作小説の版権を安く手に入れ、日本でも映画が大ヒットした際に同様のプロモーションを展開して成功を収めた。これを機に、1970年代後半からメディアミックスを仕掛けていき、1980年代の角川映画全盛期へとつながっていく。

 『ある愛の詩』は、第43回アカデミー賞でフランシス・レイが作曲賞を受賞。ほかに作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、主演男優賞、ジェニーの父親フィル役で、味わい深い演技を見せたジョン・マーレイが助演男優賞にノミネートされた。また、オリバーの大学時代のルームメイト、ハンク役で、若き日のトミー・リー・ジョーンズが出演している。

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