上祐史浩氏、教祖への依存から決別への過程 『ザ・マスター』に重ねる

2013年4月5日8時13分
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上祐史浩氏

 新興宗教サイエントロジーの創始者をモデルに教祖と信者の関係を濃密に描く映画『ザ・マスター』(監督・脚本・製作: ポール・トーマス・アンダーソン)を鑑賞した宗教団体ひかりの輪代表で、元オウム真理教(現アレフ)の信者でもあった上祐史浩氏が、教祖と弟子の関係について語った。

映画『ザ・マスター』写真ギャラリー

 「私は、この映画で高く評価されている撮影・映像の技術、役者の演技力、音楽などについては、素人であるために上手く比較できません。ただし、これが新興宗教団体からヒントを得た、マスターと弟子の関係の物語であるという点については言えば、自分の過去の現実の経験と照らし合わせて、この映画に十分なリアリティーを感じ、かつての麻原と自分の関係とも、いろいろな面でダブりました」と映画を通して、過去の自分と教祖との関係を振り返った。

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 上祐氏は『ザ・マスター』の教祖(マスター)と弟子フレディが、濃密な人間関係に陥っていったのは二人の人間的本質が同じだったからと分析する。「フレディとマスターは、一見して対極的な面が目立ちます。一方は、アルコール依存症の元兵士であり、激情に駆られ暴力を振るい、少女に恋する若者であり、一方は、医師・科学者・哲学者を自称し、多くの人に頼られる父性を持ったカリスマ。救う教祖と救われる弟子、保護する父と保護される子の関係です。しかし、映画が描いた二人の言動をよく見れば、両者ともに、本質は、自己愛が強く子どもっぽく、虚栄心に基づく強い怒り、空想的・妄想的な精神病理を抱えています。この教祖と弟子の類似性が、私の経験からしても、非常にリアルに感じられました。マスターの最後の話に、二人が同じ軍関係の仕事をしていた過去世のことが語られているのも印象的です」

 その上で、本作のテーマでもあるマスター(教祖)とは何か、果たして人としてマスターは必要なのかについて、上祐氏は一つの答えを出している。「その意味で、アンダーソン監督がなしている人は何か、マスターなしに生きられるのか。その方法があったら教えて欲しいという問いに自分なりに答えるならば、弟子がマスターの中に自分の投影があることに気付き、マスターが弟子の中に自分の投影があることに気付けば、お互いに解放されるのではないか、ということでした。それに気付かないうちは、その類似性がゆえに、二人は過剰に惹かれ合い、または、酷く憎み合う(近親憎悪)。それに気付けば、マスターとしての慢心や、弟子としての依存から解放される。そして、縁のある人全てが、何かしら自己の善や悪を投影した、教師や反面教師に見えてくる。それこそが本当のマスターではないでしょうか。その意味で、偽りのマスターに依存せずに、本当のマスターに出会うかは、自分自身の心の持ち方にかかっているように思います」(編集部・下村麻美)

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