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国民的人気番組の舞台裏をスター共演で描いた『愛すべき夫妻の秘密』

厳選オンライン映画

実在の人物を演じるスター特集 連載第2回(全5回)

 日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。実在の人物を演じるスターの作品特集として全5作品、毎日1作品のレビューをお送りする。

愛すべき夫妻の秘密
映画『愛すべき夫妻の秘密』はAmazon Prime Videoにて配信中 (C)Amazon Studios

『愛すべき夫妻の秘密』Amazon Prime Video
上映時間:132分
監督:アーロン・ソーキン
出演:ニコール・キッドマンハビエル・バルデムほか

 1950年代にアメリカで6年もの間放送されたシチュエーションコメディー(シットコム)の決定版として知られている、テレビ番組「アイ・ラブ・ルーシー」。親しみのもてるキャラクターとギャグ満載の演技で、アメリカの人気者となった主演のルシル・ボールと、その夫を演じたデジ・アーナズはプライベートでも夫婦だった。

 本作『愛すべき夫妻の秘密』は、そんなテレビ番組「アイ・ラブ・ルーシー」の舞台裏と、知られざる夫婦の関係や事件を、ニコール・キッドマンとハビエル・バルデムを主演に劇映画として描いた一作だ。監督、脚本を務めるのは、脚本の名手であり、『シカゴ7裁判』(2020)で監督としても大きな評価を受けたアーロン・ソーキンである。

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愛すべき夫妻の秘密
映画『愛すべき夫妻の秘密』はAmazon Prime Videoにて配信中 (C)Amazon Studios

 ルシルとデジの出会いから、「アイ・ラブ・ルーシー」がスタートするまでの俳優としての葛藤、番組の名場面の裏側や関係者とのやり取りなど、本作は番組が成功していく過程を追いながら、夫婦生活の歩みと行方を、時系列を組み替えながら描いていく。ただ伝記的に出来事を追っていくのでなく、観客に与える情報を伝える順番によってコントロールすることで、物語に一種のサスペンスを発生させているのだ。

 ここでニコール・キッドマンが見事に演じているのは、1950年代にして強い芯を持って自分の道を切り拓いていく、ルシルの生き方である。ハリウッドのスター俳優として大成することができず、夢破れた彼女は、心機一転してラジオ、テレビに活躍の場を移したことによって、変革しつつあった時代のなかでチャンスをつかむ。

愛すべき夫妻の秘密
映画『愛すべき夫妻の秘密』はAmazon Prime Videoにて配信中 (C)Amazon Studios

 そして、才能にあふれる夫デジを、ドラマの夫役にするというアイデアをも実現させる。そこにはデジの俳優としての夢をかなえるだけでなく、多忙なショービジネスをこなすなかで、愛する夫と一緒にいられる時間を作るという狙いがあった。

 デジがキューバ出身のラテン系移民であることから、スタジオやスポンサーは、当初難色を示していた。ルーツによる差別が、今よりもはるかに強かった時代である。そこでラテン系移民にも魅力的で才能ある俳優が存在することを、テレビ番組で紹介したことは、より多様な人種が活躍するようになってきた、現在のアメリカのショービズ界へとつながる試みだったといえよう。また、デジがルシルの身の回りのトラブルを解決する内助の功を発揮していたことも明らかになっていく。

愛すべき夫妻の秘密
映画『愛すべき夫妻の秘密』はAmazon Prime Videoにて配信中 (C)Amazon Studios

 番組が大成功を収め、国民的な人気テレビ俳優となった彼女は、その立場を最大限に利用して、男性たちが支配する業界で、さらに正しいと信じる主張を押し通していく。その代表的な例が、妊娠期間も番組に出演し、物語上でも妊婦を演じるといった画期的な試みである。仕事か出産、子育てを選ばざるを得ない女性は、現在の社会にも少なくない。しかし、ルシルはそのどちらも同時に行うという例を作ったのだ。そんな彼女の快進撃は、今でこそ、より大きな称賛をもって評価されるのではないだろうか。

 だが、無敵かと思われたルシルにも、大きな落とし穴があった。彼女が「共産主義者」だという噂が流れ、その疑惑が大々的に報道されてしまったのだ。

愛すべき夫妻の秘密
映画『愛すべき夫妻の秘密』はAmazon Prime Videoにて配信中 (C)Amazon Studios

 この時代アメリカ政府は、ソビエト連邦との冷戦に突入したことで、ソ連の政治体制である「共産主義」に対し、強い敵意を向けた。そして、共産主義につながる思想を持つ者全てが、東側のスパイであるかのように扱う風潮が高まっていったのだ。やがて、ハリウッドやテレビなどのショービズ界でも、盛んに「赤狩り」といわれる排斥運動が行われることになる。貧富の格差など社会の不公平さを是正したいと主張しただけで「アカ」だとされ、理不尽な攻撃を受けたのである。その結果、職を追われる人々が多数にのぼり、ジョゼフ・ロージー監督のように、活躍の場を求め外国へ亡命することを選ぶ人々もいた。現在では、その歴史的事実はアメリカの重大な汚点の一つとされている。

 しかしルシルは、なぜ疑いをかけられたのか。そして、人気者から一転して、メディアや市民、スポンサーなどの疑惑の目に、どのように対処するのか。そのサスペンスが、本作最大の山場だといえるだろう。

愛すべき夫妻の秘密
映画『愛すべき夫妻の秘密』はAmazon Prime Videoにて配信中 (C)Amazon Studios

 ルシルにとって最もショックなのは、共産主義の疑いをかけられたことで愛するデジとも対立を余儀なくされたことだ。デジは本作で、ソビエト連邦共産党の前身である「ボリシェヴィキ」(ウラジーミル・レーニンを支持する革命的左翼)の暴力的支配から、キューバを離れアメリカに亡命したことになっている。彼にとって共産主義は暴力そのものだったのだ。とはいえ、実際のデジのアメリカ移住はボリシェヴィキの支配とは時代がずれていて、直接的な関係はないのだという。これはルシルとの対立をわかりやすくして、物語を盛り上げるための、アーロン・ソーキンならではといえる事実の脚色である。

 現在のロシアは共産主義ではないが、2022年2月、ロシアがウクライナに対して軍事的な侵攻を始めたことで、西側諸国のロシアへの目は、また厳しいものとなってきている。もちろん、ロシアの政権による行動には非難すべきものがある。しかし、ロシアにルーツを持つ人々は、戦争に反対する主張を持っていたとしても、西側諸国などで肩身の狭い思いをしている場合が少なくない。そのように民族や思想を、政権の暴力と結びつけ、一様に排除しようとする偏見もまた暴力的であるといえるのではないか。ここで不当な偏見を蘇らせ、「赤狩り」という過去の愚行を繰り返してはならない。

 「アイ・ラブ・ルーシー」を通して、女性や多様な人種の未来を広げていったルシル・ボールの功績は、そのような排他性とは真逆の寛容な心や、不当な扱いを受けることへの反発から生み出されたものだ。本作『愛すべき夫妻の秘密』は、現在のわれわれに、そのような価値観の重要性を改めて教えてくれる作品でもある。(文・小野寺系、編集協力・今祥枝)

映画『愛すべき夫妻の秘密』Amazon Prime Videoにて配信中

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