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母性に対するタブーに切り込む『ロスト・ドーター』

厳選オンライン映画

今観たい最新作品特集 第4回(全7回)

 日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は今観たい最新作品特集として全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。

ロスト・ドーター
Netflix映画『ロスト・ドーター』独占配信中

『ロスト・ドーター』Netflix
上映時間:122分
監督:マギー・ギレンホール
出演:オリヴィア・コールマンジェシー・バックリーほか

 わたしたちはマギー・ギレンホールが、常に映像業界における女性の扱いに不満を抱いていたことを知っている。2015年には55歳の俳優の相手役として、当時37歳だった彼女は歳を取り過ぎていると言われ、役を断られたことをメディアに怒りを込めて語った。また2018年の米 The Hollywood Reporter 誌の座談会など、機会があれば男女同一賃金に関する体験を語ってきた。近年になって男性と同等の出演料を提示された際には、「初めは高すぎると感じた」という。その感覚にこそ業界の問題の根深さがあるように思える。

 自らを思考する女優だと語るギレンホールは女優にアイデアを求める監督は多くはないと感じていたそうだが、若い頃に自分が監督になれるとは考えなかった。これもインタビューなどで語っているが、発奮したのは2017年にトランプ米大統領が誕生したこと。さらには#MeToo運動も後押ししたのだろうか。折しもギレンホールは、1970年代のニューヨークを舞台にしたHBOの秀作シリーズ「DEUCE/ポルノストリート in NY」(2017~2019)で、娼婦でポルノ映画に出演する立場からポルノ映画制作者に転じる女性を演じた。製作も手掛けたこのドラマで学んだことが大きかったことは想像に難くないが、演じたキャラクターの精神を継ぐかのように監督デビューを果たしたのが『ロスト・ドーター』だ。

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ロスト・ドーター
Netflix映画『ロスト・ドーター』独占配信中

 原作は小説シリーズ「ナポリの物語」で知られる匿名の作家、エレナ・フェッランテが2006年に発表した「ザ・ロスト・ドーター(英題) / The Lost Daughter」。ドラマは48歳の英国の比較文学の教授、レダ・カルーソ(オリヴィア・コールマン)が、ギリシャの風光明媚な港町へ休暇でやってくるところから始まる。ビーチで海を眺めながらのんびりと過ごしていると、騒々しいイタリア系アメリカ人の家族がやってくる。幼い娘を連れているニーナ(ダコタ・ジョンソン)の言動に、レダは不安とも反発とも受け取れるような強い感情の揺らぎを見せる

 ある日、同家族の妊娠中の女性カリーから、家族が一緒に座れるように場所を譲ってくれと頼まれるが、レダはきっぱりと断る。口汚く罵られても動じないレダ。しばらしくして2人は会話を交わし、レダには2人の成人した娘がいることがわかる。別の日には、ニーナが夫と口論している間に人形遊びをしていたはずの娘エレーナが行方不明になる。取り乱すニーナを見ながら、レダの脳裏には幼い2人の娘の子育てに格闘していた若い頃(演:ジェシー・バックリー)の記憶がよみがえる……

ロスト・ドーター
Netflix映画『ロスト・ドーター』独占配信中

 冒頭から尋常ではないサスペンスがスクリーンを支配する。風に木々がざわめく音、帰り道に背中を直撃する松ぼっくり、家に飛び込んできたセミ、女性に対して威圧的な態度を取る男たち、回想の中のわが子へのいら立ち、そして現在のレダから感じられる不穏な空気。彼女に対する観客の戸惑いは、行方不明になった子供が遊んでいた人形を盗んで持ち帰るという行動によって、同情すべき人物なのか危険な人物なのかといった警戒心に変わる。一体レダとは、どんな人物なのか。過去に何があったのか? そもそもタイトルからして不幸な展開を想像せずにはいられないのだが、レダが心に抑え込んでいるものは怒りなのか、悲しみなのか、絶望なのか。 

 監督・脚本家としてのギレンホールは、レダの謎を説明することに対してかたくなに抵抗し続けることで、驚くほどのサスペンスを生み出すことに成功している。そこから浮かび上がってくるのは、母親業にまつわる孤独と混乱、悲痛なまでの心の叫び。そして女性なら当然あるとされる母性に対する根本的な問いだ。

ロスト・ドーター
Netflix映画『ロスト・ドーター』独占配信中

 自身も二児の母であるギレンホールはタブーとされる母性に欠ける母親を、正気を失った人物の狂気として描くのではなく、一般的な女性が罪悪感を抱きながら押し殺す感情を投影できる人物として描いている。レダは人間なら誰しもがそうであるように、善と悪を併せ持つ母親だ。そこには肯定も否定もない。ただ今この瞬間に、世界中で葛藤を抱えて苦しんでいる母親・女性たちに寄り添う映画なのだと思う。

 ともすれば反感を買いまくるようなキャラクターの心情を巧みに伝えるコールマンの演技は圧巻のひとこと。そのコールマンの推薦もあり、ギレンホールが『ワイルド・ローズ』(2018)を観て自らの演技と通じるものを感じたというジェシー・バックリーがレダの若い頃を好演している。2人のレダとニーナ役のダコタ・ジョンソンの3人の存在そのものが、本作のセンシティブな題材を見事に伝えていて素晴らしいのだが、これは単にキャスティングの勝利というだけではない。ギレンホールは俳優としての自分が監督に求められなかったアイデアや創造性を、キャストに求めた結果でもあるのだ。ちなみに、実生活の夫で子供の父親であるピーター・サースガードをはじめ、エド・ハリスポール・メスカルら男性の共演陣も味わい深いが、本作はやはり女性が主体の映画だろう。

ロスト・ドーター
Netflix映画『ロスト・ドーター』独占配信中

 原作、題材、そしてクリエイティビティのすべての過程においてフェミニズムがベースにある。『ロスト・ドーター』はどこを切ってもギレンホールの確固たる信念を感じさせる見事な映画監督デビュー作だ。(文・今祥枝)

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